すどう まさはる
生没年:1956年1月2日〜/出身地:宮崎県延岡市野地町
延岡市長を3期12年務めた(2006年2月6日〜2018年2月5日、第24〜26代)。延岡市立南方小学校・西階中学校・宮崎県立延岡西高等学校を経て、1979年京都大学工学部物理工学科卒業。同年小西六写真工業(現・コニカミノルタ)入社、1983年に株式会社スドー専務取締役、1993年に同社代表取締役社長。2006年に同社を退社し市長選に出馬、現職の櫻井哲雄氏を破り初当選した。2017年に次期市長選への不出馬・引退を表明し、2018年2月に退任。退任後は大正大学地域構想研究所顧問・同大学地域創生学部公共政策学科教授(2018年客員教授、2019年教授)を務める。
人口・出来事は在任期間との時期的な重なりを示すものであり、この市長の成果・責任を意味するものではありません(「在任中」という表現に統一しています)。
出典:6件(うち事典・百科事典2件は一次資料ではありません)。各出典の種別は、下の「出典・確認状況」欄に1件ずつ表示しています。
第1期 2006年2月6日ごろ(月まで確認・日は未確定)〜2010年2月5日ごろ(月まで確認・日は未確定)
第2期 2010年2月6日ごろ(月まで確認・日は未確定)〜2014年2月5日ごろ(月まで確認・日は未確定)
第3期 2014年2月6日ごろ(月まで確認・日は未確定)〜2018年2月5日ごろ(月まで確認・日は未確定)
3期12年を経て2018年市長選には出馬せず勇退したため、退任理由は「任期満了」とした(選挙での落選ではない)。
当サイトの公約データベースは現職市長の任期のみを対象としており、歴代の市長の選挙公約・政策原文は収集していません(未収集)。0件確認済みという意味ではありません。
当サイトの詳細アーカイブは2019〜2026年度分のみを対象としており、この市長の在任期間はその収集範囲外のため未収集です(0件確認済みという意味ではありません)。
この市長単独の任期にあたることが確認できた年度です(年度途中で市長が交代した年度は、いずれの市長にも単独では紐付けていません)。
延岡市公式ホームページの年表・資料をもとにした「市政年表」のうち、この市長の在任期間(確認できた任期)に含まれることが一次資料から確認できた出来事です(在任中に発生した出来事であり、この市長が実施した政策・実績を示すものではありません)。市庁舎・行政組織・災害・公共事業・教育福祉産業等を対象としており、網羅を保証するものではありません。
この一覧には、延岡市の事業ではない出来事(宮崎県が設置した学校・病院など)も含まれます。一次資料で実施主体を確認できた2件には「実施主体」「延岡市との関係」を各出来事の下に表示しています。表示が無い出来事は実施主体を確認中であり、延岡市やこの市長の事業であることを意味しません。
延岡市長選挙で読谷山洋司氏が初当選
任期満了に伴う延岡市長選挙が行われ、新人2名の一騎打ちとなり、読谷山洋司氏が26,094票を獲得し、前市長・首藤正治氏の後継指名を受けた永山英也氏(25,527票)を破り初当選した(投票率49.68%)。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る門川南スマートIC開通
門川南スマートインターチェンジが開通した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風18号
北川町を中心に広範囲で浸水被害が生じた。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る市議会議員定数を27人とする条例改正案を可決
延岡市議会が、議員定数を27人とする条例改正案を可決した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る熊本地震への対応
緊急援助隊を派遣し支援活動を実施した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風16号
北川町を中心に広範囲で浸水被害が生じた。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る新庁舎グランドオープン
延岡市役所新庁舎がグランドオープンした。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る北浦・北川・北方の商工会が合併、延岡市三北商工会が発足
北浦町・北川町・北方町の3商工会が合併し、延岡市三北商工会が発足した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る新庁舎高層棟完成
新庁舎高層棟が完成した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る国道218号北方延岡道路全線開通
国道218号北方延岡道路が全線開通した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る東九州自動車道 佐伯-蒲江間が開通
東九州自動車道の佐伯-蒲江間が開通し、延岡市と大分市が高速道路で結ばれた。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る南浦中学校が誕生、小中一貫教育がスタート
黒岩小中学校・北方学園小中学校で小中一貫教育が始まったほか、南浦中学校が誕生した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る新庁舎免震装置の見学会を開催
建設中の新庁舎で、免震装置の概要説明及び見学会が開催され、市民約40人が参加した。工事の全体概要やスケジュール、免震装置の仕組みなどについて説明を受け、工事現場を見学した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る延岡市長選挙で首藤正治氏が3選
任期満了に伴う延岡市長選挙が行われ、現職の首藤正治氏が33,479票を獲得し、新人2名(おだ忠良氏11,403票、岩崎信氏2,014票)を破り3選した(投票率44.68%)。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る市制施行80周年記念式典
延岡市制施行80周年記念式典が開催され、延岡市歌の追詞等が発表された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る新庁舎建設1期工事起工式
新庁舎建設1期工事の起工式を実施した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る旧市庁舎解体工事着手
市庁舎解体工事(一次解体)が始まり、建物解体がほぼ終了した(同年12月時点)。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る延岡市議会基本条例が成立・施行
議会の役割・議員の責務等を定める延岡市議会基本条例が成立・施行された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る県立延岡病院に新救命救急センターが完成
県立延岡病院に新しい救命救急センターが完成し、運用を開始した。
延岡市公式サイトの年表に「県立延岡病院」と記載されており、宮崎県が設置・運営する病院の施設整備である。延岡市の事業ではない。延岡市の負担・共同実施を示す記載は同資料に無い。
東九州自動車道・国道10号延岡道路 同時供用
須美江IC〜北川IC間(5.6km)と北川IC〜延岡JCT・IC間(12.8km)が同時に供用開始した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見るドクターヘリの運航開始
延岡市を含む宮崎県北部地域で、救急医療用ヘリコプター(ドクターヘリ)の運航が開始された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る延岡市斎場「いのちの杜」完成・運用開始
老朽化した悠久苑(1978年10月建設、北川町長井)に代わる新しい火葬場として、熊野江町湯崎浦地区に「延岡市斎場いのちの杜」が総事業費約23億円をかけて完成し、市民公募により名称が決定した。悠久苑は33年間の役割を終えた。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る北川町 高病原性鳥インフルエンザ
北川町で高病原性鳥インフルエンザが発生し、種鶏6,956羽を殺処分した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る北浦町 高病原性鳥インフルエンザ
北浦町で高病原性鳥インフルエンザが発生し、ブロイラー18,330羽を殺処分した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る新庁舎建設基本構想・基本計画策定
延岡市新庁舎建設基本構想・基本計画を策定した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る東日本大震災への対応
緊急消防援助隊を岩手県陸前高田市に派遣(3/14〜21)。いわき市への救援物資輸送・義援金募集も実施した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る副市長2人制開始
第三十代延岡市副市長に原田幸二氏が就任し、副市長2人制が開始された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る口蹄疫発生・延岡市対策本部設置
宮崎県で口蹄疫が発生し非常事態宣言が出された。延岡市も口蹄疫対策本部を設置した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る市長が副市長選任等19件の議案を専決処分
首藤正治市長が、副市長の選任を含む19件の議案を専決処分(地方自治法第179条に基づく市長の単独決定)とした。2010年9月定例会で複数の議員がこの専決処分について「市政を混乱のきわみに」陥れたと批判する発言を行った。専決処分自体の正確な実施日は今回未確認。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る延岡市長選挙で首藤正治氏が再選、市議補欠選挙も同日執行
任期満了に伴う延岡市長選挙が行われ、現職の首藤正治氏が41,738票を獲得し、新人井本英雄氏(23,029票)を破り再選した(投票率60.26%)。同日、市議会議員補欠選挙(欠員1)も執行され、大西幸二氏が当選した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る定住自立圏中心市宣言
延岡市が定住自立圏構想における中心市を宣言した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る新清掃工場「夢の杜」完成
延岡市と高千穂町・日之影町・五ヶ瀬町の広域ごみ処理施設として、長浜町に新清掃工場が完成した(処理能力1日当たり218t)。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る延岡市地域医療を守る条例制定
県立延岡病院の医師退職問題を受けた市民の署名活動(約15万人分)等を背景に、地域医療を守る条例が制定された。
延岡市が制定した条例であり延岡市の施策。背景に県立延岡病院の医師退職問題があるが、条例の制定主体は延岡市である。
「新生のべおかプロジェクト」策定
第五次延岡市長期総合計画を基本に置きつつ、都市力を高めるうえで戦略的意味が大きい事業を「リーディングプロジェクト」と位置づけた「新生のべおかプロジェクト」が策定された。中心市街地・地域医療・教育振興・生活環境施設等の大型事業を包括する首藤市政の中核的な政策枠組みとなった。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る北川町との合併に伴い市議会議員定数を29人に改正
延岡市・北川町の合併(2007年3月)に伴う合併協議会の附帯決議(「改選後は現条例定数30人からの削減を求める」)を受け、議会内の「議員定数検討特別委員会」(各会派選出9人)が類似団体視察・意見交換会・陳情審査を経て「次期定数は29人が適当」と結論。平成21年3月定例会本会議で議員発議により定数を29人に改正する条例案が可決された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る新消防庁舎完成
消防本庁舎・訓練塔・屋外付帯工事完了に伴い、消防本部・署が船倉町2丁目から野地町5丁目へ移転。4月に落成式が行われた。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る新大瀬橋完成
柳沢町-大瀬町間に架かる新しい大瀬橋(長さ243.5m、幅16m)が完成した。橋脚を旧橋の8本から3本に減らすなど耐震性を大幅に向上させた。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る北川町編入
延岡市と北川町が合併し、新延岡市が誕生。市域は大分県佐伯市に次ぐ九州第2位に拡大した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る助役制・収入役制廃止、副市長制導入
地方自治法の改正に基づき助役制・収入役制を廃止し、副市長制を導入した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る上下水道局発足
下水道事業に地方公営企業法を適用し、水道事業と組織統合、名称を「上下水道局」とした。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風5号
北方町二股や曽木等の全域で土砂崩れや浸水被害が発生した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風4号
台風4号が最接近し、10棟が床上浸水、116棟が床下浸水したほか、富美山町の青葉台地区でのり面が崩落し公民館や住宅4棟が被害を受けた。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る北方町・北浦町編入
延岡市と北方町・北浦町が合併し、新延岡市が誕生した。合併特例により農業委員数40人、市議会議員数58人となった。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風13号による竜巻
死者3人、重傷者3人、軽傷者140人、全壊120戸、大規模半壊85戸、半壊280戸、一部損壊1134戸。災害救助法が適用された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る杉本隆晴氏、助役に選任(前助役・柳田喜継氏の後任)
平成18年第19回定例会(2月28日)で、前助役の柳田喜継氏が同年2月3日付で退職したため、後任に杉本隆晴氏を選任する議案(議案第272号)が可決された。杉本氏は昭和22年生まれ、昭和45年延岡市役所入庁、衛生保健課衛生係長・大学立地推進室長・企画課長等を歴任後、平成14年4月から教育部長を務めていた。同日、収入役の選任(議案第273号)も行われた。杉本氏は2007年4月の副市長制導入後も継続して副市長を務めた(市の特別職データ 整理番号csp-35)。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る北方町・北浦町との合併に伴い市議会議員定数を33人に改正
延岡市・北方町・北浦町の合併(2006年2月)を受け、議会内の「議員定数検討特別委員会」(各会派選出16人)が類似団体視察・意見交換会・陳情審査を経て「次期定数は33人が適当」と結論。平成18年12月定例会で議員発議により定数を33人に改正する条例案が可決された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る確認日:2026年8月5日
氏名・在任期間(2006-02-06〜2018-02-05、3期12年)・初当選の経緯・引退の経緯・前任市長(櫻井哲雄)・後任市長(読谷山洋司)の記述を確認。Wikipedia自体は二次資料のため、市公式資料(市政要覧・市史等)による裏付けは今回未実施。 【2026-08-18追記】Wikipedia記事が出典として明記する『全国歴代知事・市長総覧』(日外アソシエーツ、2022年7月、433頁)について、NDLサーチで書誌情報(国立国会図書館・全国の図書館に所蔵)を独立に確認した。ただし紙媒体のみでデジタルコレクション非収録のため、本サイトでは実際の掲載文までは直接確認できていない(書誌の実在確認にとどまる)。
確認日:2026年8月5日
後任市長・読谷山洋司の記事内で、前任市長として首藤正治(2006-02-06〜2018-02-05)の記載があり、上記出典と相互に一致することを確認。
確認日:2026年8月5日
「2006年1月 延岡市長に首藤正治氏が初当選した」「2006年2月 首藤正治延岡市長が就任した」「2010年1月 延岡市長に首藤正治氏が再選した」を確認(年月単位)。
確認日:2026年8月16日
2期目(平成22年2月〜平成26年2月)のマニフェスト60項目について、本人(延岡市)が公式に総括を公表していたことを確認した(A:目標達成50項目、B:概ね順調4項目、C:進捗遅れ5項目、D:成果not表れず1項目)。個別60項目の内容はPDF(同ページにリンクあり)に記載されているが、今回は総括ページの存在と区分件数のみ確認し、個別項目の政策データへの取り込みは行っていない(追加調査の候補資料、優先度high、として次回調査候補に残す)。本サイトの編集方針上、これは当サイト独自の採点ではなく、市長本人(延岡市)が公式に発表した自己評価である旨を明記する。
確認日:2026年8月18日
本人の現所属機関(大正大学)が公式に公表している研究者プロフィールを確認した。生年(1956年)・出身地(宮崎県延岡市)・学歴(1979年京都大学工学部物理工学科卒業)・職歴(1979年小西六写真工業入社、1983年株式会社スドー専務取締役、1993年同社代表取締役社長、2006年退社)・市長在任期間(2006年第24代、2010年第25代、2014年第26代)を確認した。既存のWikipedia由来の生年月日(1956-01-02、出典は全国歴代知事・市長総覧2022年433頁)とは独立した情報源であり、生年・出身地・学歴・職歴・市長就任年・ordinal番号(24〜26代)のすべてが一致した。月日(1月2日)まではこの資料単独では確認できないが、年単位では独立2資料一致(Wikipedia経由の全国歴代知事・市長総覧の記述+大正大学公式プロフィール)とみなし、確度をAへ引き上げる。
確認日:2026年8月29日
当サイトの調査作業(これまでの確認作業、ユーザー指示による延岡市史横断調査)で新規発見。延岡市公式ホームページ「延岡市史(市制80周年記念10年史)」(https://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/soshiki/13/2786.html 、更新日2021-08-01、全939ページ)第2編第1章第3節が1期目・2期目の選挙結果と在任中の主要施策を詳細に記載。1期目「平成十八年(二〇〇六)一月二十九日に行われ」(当日有権者数98,635人、投票率60.25%、首藤正治23,749票で当選)、2期目「二十二年一月二十四日に行われた市長選挙」(当日有権者数108,161人、投票率60.26%、首藤正治41,738票対井本ひでお23,029票)という記述を確認し、既存選挙期日(2006-01-29、2010-01-24、いずれも歴代市長の任期データ)と完全に一致した(独立した公式一次資料による裏付け、矛盾なし)。北方町・北浦町合併(2006年2月20日)、北川町合併(2007年3月31日)、新生のべおかプロジェクト策定、市庁舎建替え着手等、既存profileの記述にない詳細な在任中の施策も確認したが、就任日(任期開始日)自体の日単位精度は本資料でも直接の記載がなく、既存の任期開始日の精度="month"は変更していない(推測による日単位化は行わない)。
サイトの最終更新(ビルド日時):2026年11月7日 09:30
フォーム内に「首藤 正治(歴代市長)」など、対象のページが分かる名称をご記入ください。