さくらい てつお
生没年:1935年8月7日〜2021年12月3日/出身地:福岡県北九州市生、宮崎県川南町育ち
延岡市長を3期務めた(第21代:1994年2月〜1998年2月ごろ、第22代:1998年2月〜2002年2月ごろ、第23代:2002年2月〜2006年2月ごろ)。宮崎県庁総務部長を経て市長に就任。2006年の市長選挙で首藤正治氏に敗れ退任。
生没年等の経歴はWikipediaの記述のみにとどまり、独立資料による確認はできていない。就任・退任の日単位の正確な日付も同様にWikipediaのみが根拠(延岡市公式資料は年月単位まで)。氏名表記に「櫻井」「桜井」の字体の揺れが延岡市公式サイト内にも見られる(本データは既存表記の「櫻井」を維持)。 【2026-08-19追記(これまでの確認作業 Lane D)】死没日・出身地(育ち=川南町)・ふりがなについて、宮崎日日新聞の実際のアーカイブ記事本文(Internet Archive経由)による独立確認を得た。生年月日・出身地の「福岡県北九州市生」部分・学歴・県庁入庁経緯は依然Wikipediaのみ。 【2026-08-29追記】延岡市史(市制80周年記念10年史)で3期目選挙期日(2002-01-27)の独立裏付けを得た(詳細は出典情報参照)。
人口・出来事は在任期間との時期的な重なりを示すものであり、この市長の成果・責任を意味するものではありません(「在任中」という表現に統一しています)。
出典:5件(うち報道1件・事典・百科事典1件は一次資料ではありません)。各出典の種別は、下の「出典・確認状況」欄に1件ずつ表示しています。
第1期 1994年2月6日ごろ(月まで確認・日は未確定)〜1998年2月5日ごろ(月まで確認・日は未確定)
第2期 1998年2月6日ごろ(月まで確認・日は未確定)〜2002年2月5日ごろ(月まで確認・日は未確定)
第3期 2002年2月6日ごろ(月まで確認・日は未確定)〜2006年2月5日ごろ(月まで確認・日は未確定)
2006年市長選挙で首藤正治氏に敗れて退任したため、退任理由は「選挙落選」とした。
当サイトの公約データベースは現職市長の任期のみを対象としており、歴代の市長の選挙公約・政策原文は収集していません(未収集)。0件確認済みという意味ではありません。
当サイトの詳細アーカイブは2019〜2026年度分のみを対象としており、この市長の在任期間はその収集範囲外のため未収集です(0件確認済みという意味ではありません)。
この市長単独の任期にあたることが確認できた年度です(年度途中で市長が交代した年度は、いずれの市長にも単独では紐付けていません)。
延岡市公式ホームページの年表・資料をもとにした「市政年表」のうち、この市長の在任期間(確認できた任期)に含まれることが一次資料から確認できた出来事です(在任中に発生した出来事であり、この市長が実施した政策・実績を示すものではありません)。市庁舎・行政組織・災害・公共事業・教育福祉産業等を対象としており、網羅を保証するものではありません。
国道10号延岡道路一部開通
延岡天下町〜伊形町区間が開通した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風14号
大規模な洪水被害が発生。死者1人、重傷者1人、軽傷者2人、全壊78戸、半壊649戸、床上浸水567戸、床下浸水788戸。災害救助法が適用された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る1市2町合併について北浦町で住民投票、賛成多数
1市2町合併について北浦町で住民投票が行われ、賛成多数となった。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る延岡市・北方町・北浦町の合併協定調印式
延岡市・北方町・北浦町の合併協議会が合併協定調印式を行った。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風18号
北方町で床上浸水34戸、床下浸水46戸、役場庁舎も床上浸水した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風23号
北川の氾濫で床上浸水184戸、床下浸水125戸の被害が発生した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る北川町が1市3町合併からの離脱を表明
北川町が、1市3町合併からの離脱を表明した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る延岡市・北方町・北浦町法定合併協議会が設立
延岡市・北方町・北浦町による法定合併協議会が設立された。同年12月に北川町が1市3町合併から離脱を表明(既存整理番号civic-142)した後も、この3市町での協議は継続し、2006年の編入合併(既存整理番号civic-034)に至った。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風16号、大規模避難勧告
台風16号が接近し、85地区18,180世帯43,771人に避難勧告が出された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る市制施行70周年記念式典「未来をひらく人づくり都市宣言」
市制施行70周年記念式典が行われ、「未来をひらく人づくり都市宣言」が発表された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る九州保健福祉大学に薬学部が新設
九州保健福祉大学に薬学部が新設された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る柳田喜継氏、助役に再任(4期目)
平成15年第26回臨時会(1月28日)で、助役の柳田喜継氏が同年2月13日をもって任期満了となるため、引き続き同氏を選任する議案が可決された。柳田氏は昭和8年生まれ、昭和34年熊本大学法文学部法学科卒業後に延岡市役所入庁、教育委員会学校教育課長・市民課長・税務課長・経済部長等を歴任し、平成3年に総務部長を最後に退職。助役としては平成3年(1991年)から在任しており、この選任で4期目となる。2006年2月3日付で退職し、後任に杉本隆晴氏(後の副市長、市の特別職データ 整理番号csp-35)が就任した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る延岡市・北方町・北川町・北浦町任意合併協議会が設立
延岡市・北方町・北川町・北浦町による任意合併協議会が設立された。この後、北川町は2004年12月に離脱を表明(既存整理番号civic-142)し、2007年に単独で編入合併(既存整理番号civic-036)、延岡市・北方町・北浦町は2005年に合併協定調印(既存整理番号civic-144)を経て2006年に編入合併した(既存整理番号civic-034)。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る東南海・南海地震の防災対策推進地域に指定
延岡市が東南海・南海地震防災対策推進地域に指定された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る九州保健福祉大学薬学部新設に20億円の財政支援予算可決
3月定例会で、九州保健福祉大学薬学部新設に対する20億円の財政支援予算が可決された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る延岡市長選挙で櫻井哲雄氏が3選
任期満了に伴う延岡市長選挙が行われ、現職の櫻井哲雄氏が33,737票を獲得し3選した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る旭化成レオナ工場で火災、避難勧告
旭化成レオナ工場で火災が発生し避難勧告が出された。これを教訓に、同年7月に延岡地域防災計画を修正した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る旭化成レーヨン工場が停止、77年の歴史に幕
旭化成レーヨン工場の停止式が行われ、77年の歴史に幕を下ろした。延岡市の基幹産業である旭化成グループの地域的に重要な出来事。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風21号
台風21号の影響で浦城町など県北部で浸水や土砂崩れの被害が相次いだ。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る国道218号北方延岡道路の起工式
九州横断自動車道延岡線の一部となる国道218号北方延岡道路の起工式が行われた。同道路は2015年に全線開通した(既存整理番号civic-053)。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る県内初の「男女共同参画都市」を宣言
延岡市が宮崎県内で初めて「男女共同参画都市」を宣言した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る情報公開条例の施行、延岡市情報公開センター開所
情報公開条例の施行に伴い「延岡市情報公開センター」の開所式が行われた。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る九州保健福祉大学が開学
九州保健福祉大学が開学した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る国道10号延岡道路着工
国道10号延岡道路(延岡外環状道路)が着工した。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る市議会議員定数を2人減の30人とする条例改正案を可決
市議会議員定数を2人減の30人とする議員定数条例の一部改正案が賛成多数で可決された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る台風19号
台風19号が猛威を振るい多大な被害をもたらし、災害救助法が適用された。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見るカルチャープラザのべおか(現・市立図書館本館)開館
旧延岡小学校跡地に、図書館を核として多目的ホール・ハーモニーホール・アートギャラリー等を備えた複合施設「カルチャープラザのべおか」が完成・開館した。市立図書館は大正7年(1918)7月12日の宮崎県立延岡図書館開館以来の歴史を持つが、現在地への移転・現館舎での開館はこの日である。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る4年制大学誘致の基本協定調印
4年制大学(後の九州保健福祉大学)誘致に関する基本協定の調印式が行われた。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る空き缶等散乱防止条例がスタート
空き缶等散乱防止条例がスタートした。
同じ年度の財政・人口・議案等をまとめて見る確認日:2026年8月5日
「1994年2月 櫻井哲雄氏が市長に就任した」「1998年 櫻井哲雄氏が再び市長に就任した」「2006年2月 櫻井哲雄延岡市長が退任した」を確認。
確認日:2026年8月5日
2006年市長選挙で首藤正治(23,749票)が現職の櫻井哲雄(14,965票)を破って当選したことを確認。第23代の退任理由が選挙落選であることの根拠。
確認日:2026年8月14日
生没年(1935年8月7日〜2021年12月3日)・福岡県北九州市生、宮崎県川南町育ち・1959年3月九州大学経済学部卒、同年4月宮崎県庁入庁・1994年1月県庁退職(総務部長を経て)の記述があるが、記事内で明記されている出典(官報・宮崎日日新聞含む)の原本は本調査では直接確認できていない。1994〜2002年の各市長選挙(対立候補・得票数)は延岡市公式ページ(過去分の掲載なし)・選挙ドットコム(2002年以降のみ掲載)のいずれでも確認できず、未確認のまま。
確認日:2026年8月19日
これまでの確認作業 Lane D。これまでの確認作業では検索エンジンのスニペット経由のみで原文URLが404だったが、Internet Archive(Wayback Machine)の2021-12-19保存スナップショットで記事リード文の実際の本文に到達した。「元延岡市長の桜井哲雄(さくらい・てつお)氏が3日午後1時23分、間質性肺炎のため宮崎市の病院で死去した。86歳。川南町出身。」との記載を確認し、既存没年月日(2021-12-03)・ふりがな(さくらい てつお)・birthplaceの「川南町育ち」部分と完全に一致する独立確認を得た(Wikipedia経由ではない一次報道)。死因(間質性肺炎)・死去時刻(13:23)・死去場所(宮崎市内の病院)・葬儀日(12月6日、近親者のみ)という新情報も確認した。
確認日:2026年8月29日
当サイトの調査作業(これまでの確認作業、ユーザー指示による延岡市史横断調査)で新規発見。延岡市公式ホームページ「延岡市史(市制80周年記念10年史)」(https://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/soshiki/13/2786.html 、更新日2021-08-01、全939ページ)第2編第1章第3節が桜井氏(3期目)の在任中の主要施策(九州保健福祉大学薬学部設置への財政支援、防災行政無線開局、任意合併協議会設立、延岡市夜間急病センター建設等)を記載。既存の3期目選挙期日(2002-01-27、歴代市長の任期データ)と、本資料の「平成十四年(二〇〇二)一月二十七日に行われた市長選挙」という記述が完全に一致し、独立した公式一次資料による裏付けが得られた(矛盾なし)。就任日(任期開始日)の日単位精度については本資料でも直接の記載がなく、既存の任期開始日の精度="month"は変更していない(推測による日単位化は行わない)。
サイトの最終更新(ビルド日時):2026年11月7日 09:30
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