投票日:1956-04-19
第11代市長選挙。直接公選制導入後の選挙だが、候補者一覧・得票数・投票率・有権者数は、NDLデジタルコレクション全文検索・NDLサーチ書誌検索・Web検索のいずれでも一次資料に到達できなかった(2026-08-18時点、未調査。宮崎日日新聞縮刷版等、オンライン非公開の資料に限られる可能性が高い)。就任日要再確認(当サイトの調査記録 要再確認項目001参照)。選挙日は1956-04-19と確定した。 【2026-08-18追記】延岡商工会議所四十年史の年表で、青木善祐(23,264票)が仲田又次郎(19,528票)ほかを破り初当選し、県内初の日本社会党系市長になった旨の記述を新規確認した(findings参照)。投票日は1956-04-19と確定(これまでの確認作業、要再確認項目001の就任日論争には投票日より前の候補を否定する形で寄与)。
定数
1名
候補者数
3名
当選者数
1名
投票率
確認中
有権者数
確認中
無効票数
確認中
市長就任の事実(就任年月)のみ確認。
年表の「青木当選」の見出しの下、「市長選挙は会議所前会頭・元市長仲田又次郎、元市長佐藤千吉郎、元宮崎[県議?]…を破り、青木二万三千二百六十四票、仲田一万九千五百二十八票…青木[氏が]十一代市長に就任、県下で初の社会党市長」との記述を確認した。青木善祐(23,264票)・仲田又次郎(19,528票)の得票数を独立の一次資料で新規確認。佐藤千吉郎ほか3人目以降の候補者の得票数はこの一文からは特定できなかった。ページ内で他の話題(花火大会、大師銅像起工式、会議所会頭選挙)と隣接して組版されており、文の区切り(句読点の対応)は目視による解釈のため、確認状況は要確認とする(複数回の読み取りで同じ数字を確認したが、念のため慎重を期す)。選挙の投票日そのもの(要再確認項目001の1956-04-10 vs 04-21)はこの資料からは特定できなかった。【2026-08-19追記(これまでの確認作業、司令塔本人によるNDL実閲覧で再確認)】同コマが全文検索で「昭和三十一年」の検索結果にも該当することを確認し、投票日が1956年(昭和31年)4月19日であることを本文「四月十九日に行われた延岡市長選挙は…」の記載から確定した。候補者は3名(青木善祐・仲田又次郎・佐藤千吉郎)であることも確認し、佐藤千吉郎を候補者一覧へ追加した(得票数は本文からは特定できず未確認のまま)。読み取りを複数回繰り返し同じ数字を再現できたため確認状況を確認済みへ更新する。この投票日(4/19)は、就任日要再確認(1956-04-10 vs 1956-04-21)のうち、投票日より前となる1956-04-10案を論理的に否定する独立証拠となる(要再確認項目001参照)。【2026-08-20追記(これまでの確認作業、司令塔本人による再閲覧)】第三候補・佐藤千吉郎の得票数を再確認しようと試みたが、本文中に同氏の得票数を示す数字を特定できなかった(青木・仲田の得票数のみ明記されており、佐藤氏は候補者として名前が挙がるのみ)。投票率・有権者数・投票者数もこの資料からは確認できなかった。長時間の追求は行わず、この時点で確認を打ち切った(未確認のまま)。
サイトの最終更新(ビルド日時):2026年9月11日 07:52
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